Dogubeyazit -> Kayseri
2015.09.08
朝,旅行会社の前からピックアップのミニバスでターミナルまで.
今日は午前8時にドバヤジットを発ち,カッパドキアを目指して近くのカイセリまで1日がかりで向かう予定でした.
しかしミニバスで一緒になったイラン人(以下NPさん)によると,彼もカッパドキアを目指しているがNevşehir(Nevsehir/ネヴェシール)まで行くんだとか.最初はカイセリ行きの切符を持っていたけど10TLでネヴェシール行きに変更できたと言っていました.
カッパドキアというのは街の名前ではなく,奇岩や変な地形が多く見られるエリア一帯の領域のことを指しており,その中にいくつかの村や町が存在するという感じになっています.ネヴェシールはそれらの街の中で1番大きな物で,空港や高速道路も通っています.
ちなみにNPさんも同じバスに乗りました.どうやらこのバスはカイセリ止まりではなく,カイセリやネヴェシールを経由しながらアンタルヤを目指すという恐ろしく長距離を行くバスなのでした.
しまった・・・ 後で変更しようかな..でも金かかるのか..到着時刻も全く分からないしなぁ..
(このときはあまり物価感覚がよく分かっていませんでしたが,今なら速攻で10TLで変更すると思います.)
今回乗るバス
全席モニタとUSBポート完備!飛行機みたい!
それではトルコの広大な草原の風景をお楽しみください
トイレの様子.
久々に小便器を見た! けど高さが高くて僕の身長では背伸びしないとおしっこできません!! トルコ人背デカすぎ!!
小便器が登場した代わりに,おしりを洗うホースが無くなりました..
僕もいつの間にかウンコするときは紙でお尻を拭くのでは無く,ホースから出るお湯を使い手で拭くという中央アジアスタイルに慣れていたのでした.
よく考えれば薄いトイレットペーパでは不潔な菌なんて素通りして手にたくさん付くでしょうから,その場で水で洗浄した方が清潔な気もします.まあ慣れないとビショビショになっちゃうけどね.
再びトルコの風景..代わり映えしねえなぁ
アイスの配給
イラン人のおっちゃんがジャムをくれた.他にも別のイラン人がクッキーやチョコを何度かくれました.イラン人の方々がいい人過ぎて困る.
バスは各駅停車で色んな街に止まり,少しずつ客も増えてきたのでした.しばらくすると何故か指定席なのにも関わらず,車掌に呼ばれ座席を変えさせられたりしていたのでした.
一体何なんだ・・・と思っていると,ついに席が足りなくなり,僕とトルコ人が何故か2人呼ばれ,交代要員の運転手が仮眠を取る布団に連れられ,ここで寝てろ! と言われたのでした.
何てことだ..日本でも長距離バスでは荷物入れの横にこうした寝床があって運転手が仮眠を取っていますが,さすがにそこに乗せられたことは初めてでした.
夜行でここで寝れるなら良いけどね! まだ朝だしなぁ..
・・・とか思ってたら爆睡してましたがw
カイセリまで布団で行けるのかとちょっと期待しましたが,お昼過ぎには席が空いたようで座席に復帰..
iPhoneの地図を見ると,まだ半分も来ていない..長い道のりだ..
***
・・・どのくらい時間がたったのでしょうか.窓の外はずっと広い草原が広がるのみ.夕刻になって乗客も午前の半分程まで減り,みな言葉少なに思い思いの時間を過ごしています.
静かな車内で僕もこれまで通ってきた道程を思い出しながら,改めて本当に遠くに来た物だなと感慨にふけっていました.
しかし一体僕は今何をしてるのでしょう.何故こんな草原を何時間もバスに揺られて進んでいるのでしょうか.そもそも何故旅に出たのか..
もちろん理由なんてありません.旅が好きだからしているだけです.しかし敢えてそれに理由をつけるのであれば.登山家が「そこに山があるから」山に登っているように,僕も「そこに世界があるから」旅をしているのだと言えるかもしれません.
そこに誰かがいて何かがある,今いる世界とは別の人がいて物があって.それらが動いているから.それをこの目で見たいから.それが僕の求める「幸せ」であると感じるから.だからここまで旅をして来たのだ,と.そう言えるかもしれません.
しかし一体僕は今何をしてるのでしょう.何故こんな草原を何時間もバスに揺られて進んでいるのでしょうか.これが僕の求める「幸せ」なのでしょうか..? 長時間同じ姿勢でいたため体全体が痛く,かといってそれを紛らわす何かがあるわけでもない.ただ「退屈」と僕はずっと戦っていたのでした.
思えばイランに入ってしばらくした辺りから,僕はしばしば「退屈」と戦っていたのでした.確かに町並みやモスクは本当に綺麗で見応えの十分にあるものばかりでした.しかし最初にマシュハドを見てしまった為か,どうしてもそれ以降はエマームレザー廟のあの巨大で荘厳なモスクや,想像を絶する礼拝の風景と比較してしまい,がっかりした気分になることも多かったのでした.
街を歩くにしても同様です.イラン人は本当に優しく,インフラも整っており大変快適ではありました.しかしどうしてもタイやミャンマーで受けた衝撃,ホンコンやペキンで感じた衝動,カラコラムハイウェイで出会った感動.それらに匹敵するだけの喜怒哀楽を感じることが無くなっていたのでした.
一体僕は今何をしてるのでしょう.本当に旅をしているのでしょうか.そもそも旅とはいったい何なのでしょうか..
道中で読んだ小説「深夜特急」の一節に,そのヒントがある気がしました.
"旅は人生に似ている。以前私がそんな言葉を眼にしたら、書いた人物を軽蔑しただろう。少なくとも、これまでの私だったら、旅を人生になぞらえるような物言いには滑稽さしか感じなかったはずだ。しかし、いま、私もまた、旅は人生に似ているという気がしはじめている。"
まさに! まさに,今僕が感じていることがこの節に全て凝縮して表現されていました.そして著者の沢木氏はこの段落を以下のように締めくくっています.
"たぶん、本当に旅は人生に似ているのだ。どちらも何かを失うことなしに前に進むことはできない・・・・・・"
僕の旅も子供から大人に成長し,あろう事か旅にとって最も重要なはずの,興味や好奇心まで失ってしまったというのでしょうか・・・
唯一にして最大の救いは,この「旅」には終わりがあると言うこと.元から今回4ヶ月という期間と,最終目的地ロンドンという場所を設定して旅に出ています.旅の終わりが見えてきた今,「興味や好奇心」とは別の感情で歩みを進めることも実は多くなってきているのでした.ある意味でこれは旅をする者にとって便利なシステムなのかもしれません.
しかし僕が道中で出会った旅人の中には,このシステムを使うことが出来ない,すなわち期間を決めず世界を旅しているような人達にも多く出会ったのでした.彼らは文字通り「終わりなき旅」を続けているのです.一体何をモチベーションに旅を続けているのか,今の僕には考えもつきません.ドアの向こうに新しい何かが待っているとて,そのドアを開けるだけの気力や体力は,旅を続けているうちに消耗してしまうのですから.
飽きたらやめるよ,なんて言う人もいますが,果たしてそれも可能なのでしょうか.旅を人生と言うのであれば,そんなに簡単にそれは「自ら」終わらせることの出来る物なのでしょうか..
肩を叩かれ,ふと気づくと,隣にトルコ人の男の子が座って何かを話しかけているのでした.ただ彼は英語が出来ず,唯一知っている表現「What's your name?」を繰り返し僕に聞いてくるのでした.
彼は滅多にお目にかかれない外国人に興味津々で,トルコ語で色々話しかけてきますが,当然全く理解できません.結局は僕のタブレットにダウンロードしてあったトルコ語表現集を見ながら,何となく会話したり,「変態!」「助けて!」と言ったおもしろ表現を言いながら2人でケタケタと笑ったりしていたのでした.
いつの間にかタブレットは彼の手に渡っており,慣れた手つきで操作をしているのでした.今まで撮った写真を見たり,カメラで車内の人たちを撮影してみたり.最後には一緒にAngry Birdで遊んだりしたのでした.僕のタブレットはトルコ語表示ではありません.英語と日本語での表示でしたが,彼は少しも戸惑うことなく僕のタブレットを使いこなしていました.
Angry Birdで遊ぶのに言葉はいらなかったのです.
こうしたユーザインタフェースは人間と計算機の界面を指すわけですが,何て事は無い,2つつなぎ合せれば人間と人間を繋ぐ,分厚い境界になるわけです.
そして,それこそが.その進化こそが,人類を存続させる最後の手段になり得る.僕は今やそう確信しています.人間社会は1つになるか.さもなくばゼロになるか.結末はそのいずれかしか無いと旅をしていて思うようになったのでした.
トルコ人男の子の興味は尽きることなく,地図を開いて彼の家を指さし始めました.どうやら彼はカイセリ郊外の街に住んでいるようです.
僕も自分の故郷を見せようと,画面を東京に移動させると,彼は「うわぁー!」と声を上げたのでした.
・・・しかし僕自身,心の中で彼よりも大きな声で感嘆の声を上げていたのでした.基本的に自分の旅している場所の地図しか普段は見ないので,旅の道中で東京の地図を見たことはありません.そして今,初めて東京の地図を見てみると,今まで旅してきたどの場所よりも広く巨大で,あらゆる物が密集しており,道路や鉄道にあふれ,様々な建物や施設が並ぶ,桁外れな街だったのでした.
「東京に行きたいなぁ・・・」
そうつぶやいたのは彼ではなく,僕の方でした..
バスに揺られすでに10時間以上.ラムサールから考えれば既に50時間,バスを乗り継いで移動してきたことになります.そして今なお,カイセリまでの道中にいるわけです.地図を見る限りカイセリまではあと5時間近くかかりそう.
それでも隣の子供はキャッキャと騒いだり,パソコンを開いて何やら写真を見せてきたりしています.彼は何でそんなにエネルギーがあるんだろう.僕の旅にもそういう時期がったんでしょうか..
おじさん,身も心も疲れてしまったよ.
こんなしんどい事,水曜どうでしょうでもやらないよ..
でも・・・
しんどいから,旅なのだ..
***
日没
バスで話しかけてきた男の子と,ドバヤジットから一緒に乗ってきたNPさん
23時過ぎ.車窓から,なだらかな山の斜面に這うように街の明かりが広がる光景が見えてきます.
ようやくカイセリに着いたのでした.
・・・しかし下ろされたのはカイセリ近くの国道の真ん中.到底カイセリ市街まで歩いて行けるはずもない場所です.
さすがにカイセリは大きい街なので,バスターミナルに着くだろうし,その周辺にはホテルも何軒かはあるだろう,と僕は踏んでいたのでした.
しかし実際止まったのはバスターミナルとは全く関係のない国道の途中.バスの運転手にOtogar?(バスターミナル?)と聞いてみるも,Walking! というとんでもない答えが返ってきます.
途方に暮れていると,一緒に降りた何人かのトルコ人も同様に途方に暮れており,さすがにこれではまずいだろうと思ったのか,バスの車掌が誰かに電話をしています.車を呼んでいるのでしょう.
その車,どこに行くんだろう..なんて心配していると,トルコ語堪能なNPさんが車掌に話してくれて,カッパドキア行くなら乗ってけ! サービスだ! と車掌に言われ,無事ネヴェシールまで(追加料金なしで!)行けることになったのでした.
やったー! ありがとう皆さん!!
***
23時半過ぎ,バスはネヴェシールではなく,Avanos(アヴァノス)という全く別の小さな町の交差点で止まり降ろされました..確かにアヴァノスもカッパドキアのエリア内ですが・・・
ネヴェシールとは違い小さな町でホテルも少なく,絶望的な状況でした.
僕と一緒に降ろされたNPさんを見ると・・・同様に途方に暮れている..
彼は実はマウンテンバイクのレーサで,今回はカッパドキアで行われるレースの準備のために来たようなのでした.当然マウンテンバイクを持って.
重い自転車を背負いながら,僕と2人でホテルがありそうな方向に向かい歩き出しましたが,真っ暗だし泊まれそうな所もある気がしない..
すると1台のワゴンが止まってくれて,近くのホテルまで送り届けてくれたのでした.
ようやく到着したホテルは小綺麗で新しいホテルのようでしたが,1泊ひとり75TLと言ってきたので,さすがに高い!と2人で憤慨し,NPさんがトルコ語で交渉してくれた結果,40TLまで下がったのでOKしたのでした.
・・・ということで今日はNPさんと一緒に宿泊です.
夜中の1時頃.ようやく落ち着いた宿の部屋.
しかし何でこんな所でこんな夜中にバスから降ろされなければいけないんだ・・・
しんどいから,旅なのだ..
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